「しっかりするのだ」(マルコ6章45〜52節) ( 12.4/2011 )
「しかし、イエスはすぐ彼らに声をかけ、『しっかりするのだ。わたしである。恐れることはない』と言われた。」(50節後半)

先週はパンの奇跡をとおして天を仰ぐイエスの姿を見ました。難しい問題のただ中にいてもイエスは神となってくださり安息をくださるお方でした。今週は強風に悩まされ進めなくなった弟子達の船に主イエスが乗り込んでくださったとき、風がやんだという出来事について考えましょう。

マルコはこの二つの出来事が同じことを言っていると説明しています。やはり、人生の問題の中に神を迎えるということだと思います。怒りが静まらないときや自分の姿に耐えられないときも(時が解決してくれるだろう)というのではなく、たとえ弱点はあっても神はそこから立ち去られないと教えています。逆に主イエスを通して教えられるのは神の方から近づいて一緒にいることを教えてくださるのです。

たとえ、悪癖が去っていなくても恐れがいっぱいでも主イエスの出来事をとおして神がわたくしたち個人個人と共にいてくださることを信じるならそれで十分なのです。赦しも聖潔も神によってはじめられる業です。今日が昨日より少しでも良くなれたらそれで十分です。他の人と比べる必要はありません。個人的に神を迎え相談しましょう。困難なときほど神は近くにいて下さいます。どんなときにも「わたしはあなたをあなたを贖った。わたしはあなたの名を呼んだ。あなたはわたしのものだ」(イザヤ43:1)、「わたしに帰れ」(44:22)と言ってくださるお方が神です。心配しなくて良い、あなたはわたしのものだからと神は言っておられます。

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