「判断基準に神の恵みを」(2コリント1章12節) ( 6.16/2013 )
「私たちがこの世の中で、特にあなたがたに対して、聖さと神から来る誠実さとをもって、人間的な知恵によらず、神の恵みによって行動していることは、私たちの良心のあかしするところであって、これこそ私たちの誇りです。」(2コリント1章12節)

今月18日にいじめ対策推進法案が可決される見込みですが、その中で「児童の規範意識を養うため保護者は指導に努めること」、とされ学校側は事件の実情の調査と報告義務を負い、懲戒、出席停止処分を行えるようになるそうです。また滋賀県から始めて学校でのいじめの問題に対応するために弁護士の先生による授業が行われることになったそうです。加害者側の思惟でなく、被害者の感じ方大切であることを教えてくれるそうです。規範意識の根底に持つべきものは何でしょうか。

聖書の言葉にはわたくしたちの人生を変える力があります。わたくしも「人間的な知恵によらず、神の恵みによって」という言葉を読んだだけで、床にはいつくばった状態から頭をもたげた経験をしたことがあります。その力は、人生で証ししないといけないのは自分の知恵ではなく神の恵みなのだということを知ったことによって与えられました。
使徒パウロの人生はコリントの人々の目には苦難の連続のように映っていました。しかしその中に神の恵みがあったことを彼は証言しています。

そして、神の恵みとは神の恩寵(ゆるし)のことでありましょう。しかし、「神の神聖と真実とによって行動してきた」(口語訳)とは神の恵みが導くのは純粋な生涯ですという意味です。他の箇所でこの言葉は罪の混じっていない生涯という意味で用いられています(1コリント5章8節)。わたくしたちも罪に気づかされた時に放っておくこともできますが、神の恵みに生きるとは神の前で罪を悔い改めて新しい生活を始めることです。心はひとつです。悔い改める道が許されているのです。

規範意識、難しい言葉ですが、「うまくいかなくてもいいよ、あなたを支えるのはあなたの知恵ではなく、神の恵みだよ」と伝えてあげたら良いのではないでしょうか。

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