「イエスによる新時代」(2コリント3章6節) ( 12.1/2013 )
「神は私たちに、新しい契約に仕える者となる資格を下さいました。文字に仕える者ではなく、御霊に仕える者です。文字は殺し、御霊は生かすからです。」
(2コリント3章6節)

旧約聖書と新約聖書の狭間に立つ方がイエス・キリストです。本来聖典として旧約聖書を採用しているキリスト教界は旧約聖書の教える食物既定、並びにそれを受けて定められたエルサレム会議の食物既定に従うはずですが従っていません。ここにパウロの言葉を紹介したいのですけれども、彼はこう言っています。「神は私たちに、新しい契約に仕える者となる資格を下さいました。文字に仕える者ではなく、御霊に仕える者です。文字は殺し、御霊は生かすからです。」(2コリント3章6節)彼は聖なる伝統への批判が古きものの最深の意図を実現するという確信を語っています。そしてわたくしたちも生命の鍵として主イエスの働きを信じたいと思うのです。

シミュレーションという言葉がありますが、今後国家権力が思想的に統制を加えるような時代を計画している人々がいるのかもしれません。しかし、対立ではなく融和や協調を諮れないのだろうかと感じます。
聖書の文脈を見ますと神との和解(2コリント5章20節)が人格的な関係を回復させるのです。そして彼はキリストの弱さに結ばれたとき(4章7節、13章4節)に力があることを確信しました。たとい病(4章7節以下、11章24節以下)があっても。そして神との和解を勧め(5章20節)、キリストにおいて人間を新創造する任務を受け止めて(5章17節)自分と敵対関係にある方々に接したというのです。

世の中がどのように移り変わろうとも神の上らせて下さる太陽が神の善意のしるしです(マタイ5章45節)。キリストの御霊は神が人間の取り決めを超えて愛をもって隣人を受け入れておられることを証ししてくださるのです。(ルカ13章29節参照)わたくしたちへの神の愛をまず信じましょう。そして、隣人への神の愛もまた同様に信じましょう。

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