「命の付与者」(ルカ8章43節〜48節) ( 6.7/2015 )
「しかし、イエスは、『だれかが、わたしにさわったのです。わたしから力が出て行くのを感じたのだから』と言われた。」(46節、新改訳)

新約聖書には12年間長血をわずらった女性が癒され生かされた記録があります。マルコ5章29節には「血の元がすぐにかわき」(口語訳)と記されています。このような奇跡を行われたのは主イエスでした。この時、主イエスは「わたしから力が出て行くのを感じた」と言われました。この言葉の意味を考えてみたいと思います。

1.なぜ、力が出て行くのを感じたと語ったのか
ただ力が出て行って疲れを感じたから、という理由ではなかったのではないでしょうか。病気が癒された理由をこの女性に教えたかったのではないでしょうか。

2.なぜ癒されたのか
主イエスの力がそこにあったからです。大勢の人々が主イエスに向かってひしめき合っていました(45節)。しかし多くの人々は自分が主イエスに触ったことを否定しました(45節)。しかしこの女性は「イエスの着物のふさにさわった」(44節)と記されています(マタイ9章21節参照)。これ以外に彼女には何の術も残されていなかったのではないでしょうか。そして、主イエスがこの女性に語られたのは「あなたの信仰があなたを直したのです。安心して行きなさい。」(48節)でした。

3.どうすれば救われるのか
主イエスに近づく人々は大勢いたのですが、主イエスの力で癒していただきたいと願っている人はひとりだけだったということではないでしょうか。どこかに自分の知恵や信仰の熱心さや自分の納得できる解決方法を期待していたのではないでしょうか。主イエスに癒された女性の信仰とは主イエスの力に対する信仰でした。彼の力とは、わたくしたちにとっては主イエスの十字架の贖いを意味しています(ヨハネ3章14節〜17節)。刑を受けるべき罪人が罪を解決したのではなく、主イエスが十字架によってわたくしたちの罪を解決してくださったのです。

主イエスの十字架に依る罪の解決を信じて、彼による贖いをほめたたえましょう。風を吹かせるのはわたくしたちではありません。神です。救いは神から来て、わたくしたちは持ち運ばれるのです。

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