「主イエスを信じなさい」(使徒の働き16章16節〜34節) ( 8.16/2015 )
「ふたりは『主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます』と言った。」(31節、新改訳)

安土桃山時代(1573年〜1603年)には大分県内に1万人を超えるキリシタンがいたと言われています。しかし、1659年からの豊後崩れでは1000人を超える殉教者が出たと言われています。
わたくしたちは誰を信じて生きているでしょうか。自分でしょうか。それとも為政者たちでしょうか。それとも、主イエスでしょうか。パウロとシラスは、

1.自分の救いについて主イエスに信頼した
彼らは「主イエスを信じなさい」(31節)と教えています。自分が救われるために、自分に信頼するのではなく、主イエスに信頼しましょう。

2.隣人の救いのためにも主イエスに信頼した
パウロとシラスは「あなたの家族も救われます」(31節)と言いました。日頃、隣人が救われるかどうかも、自分自身の責任と考えやすいのではないでしょうか。隣人の救いも主イエスに依るのです。主イエスにお任せしましょう。

3.主イエスに任せ、救いについて主イエスをほめたたえた
自分と隣人の救いの為に主イエスに信頼したパウロとシラスは、牢獄の中で神に祈り賛美しました(25節)。(なぜ、投獄されるのか)とか、(なぜ、むちで打たれ傷を負わなければならないのか)と彼らはつぶやいたのではなく、すべてを主イエスに信頼して、主イエスにお任せしていました。これが彼らの信仰でした。

わたくしたちも主イエスを生きておられるお方として知り、信じたいものです。願ったようにならないことも主イエスの御手にあるのです。おそらく、そのような時に主イエスとの交わりは生まれるのです。(これがあなたの御心ですか)と、主イエスに重荷を負って頂きましょう。
彼らは、隣人でもなく世でもなく自分でもなく、主イエスに救いがあると感じていたのです。そして、たとえ、ののしられていても、鞭打たれても、「救いはある」と証ししたのです。救いは自分の責任で作り出すものではなく主イエスのものです。つらい時、「救いはあなたのものです」と主イエスに祈りましょう。

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