「裁き包む神」(エゼキエル5章1節〜8節) ( 3.15/2016 )
「あなたはそこから少しの毛を取り、それをあなたの衣のすそで包み」(3節)

1.預言者による象徴行為(1節〜4節)
神はエゼキエルに頭と顔のひげをそり落とし、三分の一ずつに等分に分け、その一つを先の粘土瓦に描いた街の真ん中で燃やし、他の一つを町の外で剣をもって切り裂き、残りの三分の一を風に吹き散らし、その中から少しの毛を取り、衣の裾で覆い、その一部を火の中にくべて焼くように命じました。

2.裁きを行われる神(5節〜17節)
5節から7節には神がエルサレムに対して下される裁きの理由が記されています。神はエルサレムを諸国民の真ん中に置かれました(5節)、しかし、神の定めをないがしろにし、回りの国々よりも悪事を働いて神の定めに逆らい、神のおきてに逆らったこと、更に回りの諸国の民の定めさえ行わなかったことが指摘されています(6節、7節)。神は恵みを注ぐために選んだ民に厳しい裁きを下されるのがこのエゼキエル書5章の主題です。
果たしてわたくしたちは神から与えられた光を輝かすことができるでしょうか。「このように、あなたがたの光を人々の前で輝かせ、人々があなたがたの良い行いを見て、天におられるあなたがたの父を崇めるようにしなさい。」(マタイ5章16節)ペトロ岐部という豊後出身の司祭は、日本の信者を励ますために神父になることを志し、マカオからローマまで徒歩で旅をし、1620年、司祭に叙階されイエズス会への入会が許され、1630年8年かけて薩摩の防つに上陸し、数年間東北で宣教した後、宿主に害が及ばぬよう仙台で捕らえられることにし、捕らえられ、江戸で穴吊りの拷問を受け、更に真っ赤に焼けた鉄棒を腹に押し付けられて、それでも棄教せず絶命したと思われます(52歳、オランダ商館長日誌より)。奉行の所見には「キベヘイトロはコロび申さず候」と残されています。神は裁く神ですが、信仰を守らせることができる神です(3節)。世と違う神がおられるのです。

3.悔改める者への神の救い
エゼキエルのメッセージは聞きにくいものでした。その理由は、エゼキエルはエルサレムにいた頃は祭司でした。すなわち、民の側に立って、民のために執成す者でした。ところが、エホヤキン王と共にバビロンへ移され、知らないうちに預言者になり(1章2節)、神の側から裁きを告げているのです。更に、エルサレムへの裁きを安全なバビロンの地から告げています。更に3分の1以下のごく僅かな民しか神の守りに与れない(3節)と告げ、更に、異邦人よりも悪い民だと言ったのです。すなわち、謙遜と、主を心にもつ真の信仰と、悪を捨てる命がないと聞けないメッセージでした。すなわち、神は彼を通して民に悔い改めを迫ったのです。何をもって神を仰げる道は開かれるのでしょうか。
マルコ16章33節には、父なる神の痛みが現れています。「さて、12時になったとき、全地が暗くなって、午後3時まで続いた。」神は御子の故に、地上の民を裁かれたのではなく、ご自身が痛まれました。神が御子を思われるとき、その心は今も暗黒なのではないでしょうか。
ジョージ・ミューラーは家庭集会で救われました。彼と彼を救ってくださる神と出会いは、ひざまずいて祈るクリスチャンを見たときに起こりました。神はその時にジョージ・ミューラーに働きかけてくださいました。彼が大事にした聖書の言葉のひとつは、「神はそのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは、御子を信じる者がひとりも滅びることなく、永遠の命を持つためである。」(ヨハネ3章16節)でした。彼は自分の身元引受人として主イエスに出会い、すべての罪を主イエスの十字架に任せました。彼は罪を赦すことのできる神と出会ったのです。そして神が彼の人生を、みことば通り潔くして行かれたのです。「もし、私たちが自分の罪を言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。(1ヨハネ1章9節)、「御子イエスの血はすべての罪から私たちをきよめます。」(1ヨハネ1章7節)。身元引受人になってくださった主イエスがすべてを引き受けてくださいます。今日が神の裁きを受ける日、すなわち、主イエスを信じ、そして罪を告白し悔い改めて救われる日なのではないでしょうか。

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