『信仰による歩み』(Uコリント5章1〜10節) ( 1.16/2011 )
『わたしたちは、見えるものによらないで、信仰によって歩いているのである。それで、わたしたちは心強い。そして、むしろ肉体から離れて主と共に住むことが、願わしいと思っている。そういうわけだから、肉体を宿としているにしても、それから離れているにしても、ただ主に喜ばれる者となるのが、心からの願いである。』 
                      コリント第二5章1〜10節


わたしたちは神によって命を与えられ、この世に生かされています。しかしこの世にいつまでもとどまるのではなく、やがては神の用意された住まいへと移されます。実際、わたしたちが目で見ている多くのものは過ぎさっていきます。わたしたちにとって本当に大切なものは、どんな時にも変わらないものなのです。すなわち、たとえ多くのものを持っていたとしても、命は持ち物にはよらないのです。このことが分かったならば、現実の生活でいろいろな重荷に苦しんでいたとしてもその重荷を下ろし、救いと解決を与えてくださる神に期待することができるようになります。さらに、わたしたちが変わる事のない平安を手にするためには、目に見えるものではなく、見えなくても確かに働かれている神に望みをおき、信仰によって歩むべきなのです。確かに、この世の歩みには誘惑があり悩みや戦いがあります。しかしどんな時にも信仰を働かせることによって、主に喜ばれるものとさせていただこうではありませんか。
(説教者 船田肖二牧師)

TOP