『神の国は言葉にはなく力にある』(1コリント4章14節〜21節) ( 10.1/2019 )
「神の国はことばにはなく、力にあるのです。」(20節)

1コリントの手紙で、パウロはこの教会で起こっている分派の問題を繰り返し取り上げています。「わたしはパウロに」とか「わたしはアポロに」「わたしはケファに」と(1章12節以下参照)、互いに競い合っていたのです、知恵を誇ったり、世的な価値判断で互いを評価していたのです。主イエス・キリストの福音によって生きている教会にとってはあってはならないことであると考え、パウロは危機意識をもって繰り返し繰り返し、この問題を取り扱っているのです。本日開かれたみ言葉はその分裂・分派の問題を示しているのです。

第一は主の僕の在り方を厳しく求めているのです。それは、「忠実である」ことです。忠実であると言うことは、主の言葉を実行するという事だけではなく、み言葉に秘められている意味、目的を正しく聞き、生かすことです。

第二は「書かれていることを超えない」ことを学ぶため。といわれている事です。書かれていることとは何でしょう。それは、聖書に書かれていることと、理解する事です。私たちは聖書の言葉を信じるものです。ですから、私たちは聖書の教えを超えてはならないのです。

第三 神の国は言葉ではなく力にあるのです。コリントの人々は、人の知恵と言葉を誇っていたためにこのような問題を起こしたのです。
 私たちの力の源は私たちの内にはないという事をしりましょう。力は主の十字架による救いを信じ、喜ぶ事にこそあるのです。

(説教者;豊後高田福音キリスト教会 大瀧一郎牧師)

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