「きょう選びなさい」(ヨシュア記24章15節) ( 8.30/2020 )
「もしも主に仕えることがあなたがたの気に入らないなら、川の向こうにいたあなたがたの先祖たちが仕えた神々でも、今あなたがたが住んでいる地のエモリ人の神々でも、あなたがたが仕えようと思うものを、どれでも、きょう選ぶがよい。私と私の家とは、主に仕える。」(11節)

ヨシュアは会衆の前から引退するとき、川向う及びエジプトで仕えた神々を除き去ることと、主を恐れ、誠実と真実をもって主に仕えることを命じました。
よいことがなんであるかはわかっているが、実行はしないということはないでしょうか。もう少し考えてから決めると思っていることもあるかもしれません。しかし、決断できない。決断しても変わらないと考えることは間違っているのです。もし決断するなら今日から変われるのです。よい決断をするには、

1. 主のわざを知る(31節)

「主がイスラエルに行われたすべてのわざを知っていた長老たちの生きている間、主に仕えていた。」日本中どこに住んでも生活に変化はないでしょう。しかし、主のわざを知るということは、人生が全く変わることを意味します。今まで自分の欲望に仕えていた人が、生きておられる神に仕える人に変えられるのです。

2.悔い改める(14節)

14節に「今、あなたがたは主を恐れ、誠実と真実をもって主に仕えなさい。…エジプトの神々を除き去り」とあります。生きている方々に誠実に接するのと同じように、神に仕える場合も主を恐れ、誠実と真実をもって行わなければなりません。神は生きておられます。十一献金でも、もし偽ってささげるならそれは神を侮る行為です。神は罪人を祝福することを控えられます。それは私共が神に立ち返るためです。

3.信仰の証拠を残す(27節)

かれらはこの日、単純に申しますと決断を迫られたのです。あなたたちは何に仕えるのか、だれに仕えるのか選びなさいと命じられ、彼らは主を選んだのです。そして、その証拠を残しました。それは大きな石でした。その石が彼らの言葉を聞いていたからでした。それは神への信仰の証拠でした。

私共も信仰の決断を迫られるとき、何によって決断を後押ししたら良いでしょうか。誠実と真実、更に信仰の証拠物件、これで完璧でしょうか。
大切なのは今日です。この決断です。すなわち、スズメバチがアモリ人の二人の王を追い払う(12節)のを体験するのは今です。次の時間を造られる神に従うのです。なぜなら、31節に「主がイスラエルのために行われたわざを経験して、ヨシュアより長生きした長老たちがいた間、イスラエルは主に仕えた。」とあるからです。自分自身が主のわざを経験しなければなりません。それは遠い将来ではなく、今なのです。
私共の約束の地は天の御国です。今はウオーミングアップ中です。年老いてスタートラインにつける日まで苦難をしのび、生けるまことの神に仕えましょう。

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