「救い主がお生まれになりました。」(ルカ2章11節) ( 12.19/2021 )
「今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。」(11節)

クリスマスおめでとうございます。クリスマスは生きておられる神が私共の救いのためにイエス様をこの地上に送ってくださったことをお祝いするときです。

1.なぜ救い主が必要なのか

人間は神の教えに背き、神を恐れ、神から身を隠すようになっています。そして自分の力で神の前に立てる人間になろうと努力しているのです。けれども、神の前に罪ゆるされる道はなかなか見つかりません。
羊飼いたちも律法があることは知っていても、その律法に従って生きていくことができない境遇の人々でした。私共も、神が命ぜられるように互いにゆるし合い愛し合うために救い主が必要です。そして、その道を必要としているのではないでしょうか。
神の解決の方法は救い主を地上に生まれさせるということでした。

2.十字架による救い

1736年、アメリカのジョージア州に伝道に行った宣教師がいました。当時現地の住民は部族間の抗争に明け暮れていました。その酋長(しゅうちょう)のひとりであったチカリは訴えます。わたくしたちの神は復讐をする神だ。なぜ、白人の神は復讐をしないのか、と。宣教師は答えます。「神は正しい神ですから罪に対しては激しく怒られます。けれども、人間には自分の罪を償う力がありませんから、神は大切なひとり子を犠牲にされたのです」と。しかし、自分の子どもを犠牲にするような神よりは自分たちの方が正しいと主張して抗争を続け神の救いを受け入れず、宣教師を憎んでしまったそうです。けれども、その後チカリは神の御子イエス様を信じ、救いに与かりました。そしてこの酋長の子どもは父親になされた救いの知らせを伝えるために帰国した宣教師を追ってイギリスまで伝えに行って言ったそうです。「あの部族は今ではクリスチャンに満ちています」と。
今も、救い主イエス様は私共の救いのために余りある力を持っておられます。

3.救いの道

救いとは、お金を持つことでも、地位を得ることでもありません。神を愛し、隣人を愛することができる生活に入ることです。主イエス様が十字架につけられ、またイエス様の宣教師が宣教地の人々から憎まれたように地上で栄光を得ることは難しいかもしれません。けれども、神の光の中を歩むことができるのです。
そのために、お金は必要ありません。ただ一つ必要なことは、復活され今も生きておられる主イエス様への信仰です。主イエス様は私共を救ってくださると信じ、個人的に、救い主としてイエス様を受け入れるお祈りをしてください。イエス様が私共の心を、新しい王として支配してくださいます。

憎しみから愛へ人生は変えられるのです。今日が主イエス様との出会いの日、そして救いの日です。

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