「涙の祈りがなければ」(ヨエル2章17節) ( 6.24/2024 ) |
「神殿の玄関と祭壇の間で、主に仕える祭司たちは泣いて こう言え。 『主よ、あなたの民にあわれみをかけてください。あなたのゆずりの地を、国々のそしりの的、物笑いの種としないでください。諸国の民の間で、「彼らの神はどこにいるのか」と言わせておいてよいのでしょうか。』」(17節) 'Let the priests who serve the Lord weep. Let them cry between the temple porch and the altar. Let them say “ Lord spare your people. Don’t let others make fun of them. Don’t let the nations laugh at them. Don’t let them tease your people and say ‘Where is their God?’” '(Joel 2:17) 災いの原因は私たちの汚れです。ですから、きよめの集会を招集せよと主はヨエルを通して命じておられます(15節16節)。その通りに行うなら主はあわれみ深いお方です。そして泣いて悲しむべきテーマを教えています。それは主の民がそしられ、物笑いの種とされ、主が生きておられることが現わされないことです。心を裂いて祈るなら聖霊が与えられます。 1.鍵は祭司たちの祈り、泣いて祈れるまで祈りを仕事とすること 17節の通りに祭司たちが祈り始めるときに世界は変わります。1ペテロ2章9節には「あなたがたは選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神のものとされた民です。それは、あなたがたを闇の中から、ご自分の驚くべき光の中に召してくださった方の栄誉を、あなたがたが告げ知らせるためです。」とありますから主に従うクリスチャンは皆祭司です。 今、世界中の戦争が止むように、世界中の牧師を牢屋に監禁して祈りに専心させたら戦争は止むでしょう。そして同時に為政者たちが悔い改めて主の下に帰ること(主を神とすること)を決断しなければなりません(12節、13節)。 2.主はあわれんでくださる 主からのねたむほどの愛と深いあわれみ(18節)、主の満たし(19節)、そしりの的としないとの約束(19節)、守り(20節)、自然界や動物たちへの祝福(21節、22節)、産業の祝福(23節、24節)、災害からの慰めと償いと回復(25節〜27節)、太陽が闇に変わっても救われる者たちとは(28節〜32節) 3.人の罪の問題の解決は聖霊による(28節〜) 聖霊と一緒に教会が歩むときに聖霊は働いてくださいます。主イエス様がなさりたいことを私たちが行うときに、初めて権威を頂くことができます。ダニエルがネブカデネザルの夢を解いたように。 すなわち、何でも主イエス様が願い事を許されるのではありません。まず願いが与えられたときは祈りを始めましょう。私たちは心の戸を悪魔にではなく、主イエス様にだけ開かなければなりません。罪を選ぶということはサタンに権威を与えるということですのでサタンには戸を開けてはいけません。 すなわち、苦しみという問題は主イエス様が乗り越えさせてくださいます。涙をもって主に祈る時に聖霊は与えられます。そして聖霊に従って主に対して心の戸を開き主を賛美し、聖霊と共に主にお従いすることによって苦難を乗り越えさせていただくのです。 涙の祈りがなければ世界は悪魔に牛耳られたままです。まず、きよめの集会を招集しましょう。すなわち、自分の祈りの場所を作りましょう。そして、自らがすべてを置いて神のために涙が出るまで祈る為の方策を考え、悔い改めて聖霊にお従いする信仰をもち、そして牧師たちに祈らせる為の方策を確立しましょう。 |
|
|
TOP |