「あなただけが聖なる方」(ヨハネの黙示録15章4節) ( 10.17/2024 )
「主よ、あなたを恐れず、御名をあがめない者がいるでしょうか。あなただけが聖なる方です。すべての国々の民は来て、あなたの御前にひれ伏します。あなたの正しいさばきが明らかにされたからです。」(4節)

'Lord who will not have respect for you? Who will not bring glory to your name? You alone are holy. All nations will come and worship you. They see that the things you do are right. `.Revelation 15:4

全能者なる神の正しいさばきが明らかにされる日についてこの15章は語っています。その日にはすべての国々の民は来て、主なる全能者の御前にひれ伏すことになります。けれども、本日の礼拝にも大分市には48万人の方々が住んでおられるのに、この教会に主を礼拝するために集っているのは20名足らずの者たちです。7節にありますように神の憤りが満ちる日に、3節にありますように神のしもべモーセの歌と子羊の歌を歌うのもごく一部の方々です。

特に農村部など町には神社やお寺はあってもキリスト教会がない地域の方々にとって(主なる全能者とは何か?、神のしもべモーセとはユダヤ人の指導者ではないのか?子羊とはイエスのことか?彼と私との接点はあるか?)などと不思議に感じられると思います。
その理由は2節を読むと分かるのですが、神のしもべモーセの歌と子羊の歌を歌うことができるのは、獣とその像とその名を示す数字に打ち勝った人々だったからです。

1.どうして、獣とその像とその名を示す数字に打ち勝った人々は少数なのでしょうか。

ヨハネの黙示録13章14章に獣とその像とその名を示す数字について記されていますが、13章7節獣には聖徒たちに戦いを挑んで打ち勝つことが許され支配する権威が与えられています。13章15節にはその像を拝まない者はみな殺され、13章17節には獣の名の刻印を持っていない者たちは物の売り買いができないとありますので、獣とその像とその名を示す数字に打ち勝った人々とは、実は社会的には敗者であり、殺される者たちであり、商取引もできず世捨て人のような生活をする者たちであることが分かります。

2.獣に打ち勝つ人々の将来の姿はどうなるのか。

しかし、14章4節には獣とその像とその名を示す数字に打ち勝った人々とは汚れたことのない人々であり、子羊が行く所どこにでもついて行く人々であり、人々の中から贖い出された人々であり、14章13節には彼らはその労苦から解き放たれて休むことができる人々であるとあります。
まとめますと、14章6節から13節をお読みいただければ人生の結末が分かるのであります。

3.今私たちにできること

神がおられ、獣(サタン)もいて、私たちはどちらに従うのかその決断をいつも迫られているのです。
ヨハネの黙示録14章7節には「神を恐れよ。神に栄光を帰せよ。神のさばきの時が来たからだ。天と地と海と水の源を創造した方を礼拝せよ。」とあります。
そして15章4節には「主よ、あなたを恐れず、御名をあがめない者がいるでしょうか。あなただけが聖なる方です。すべての国々の民は来て、あなたの御前にひれ伏します。あなたの正しいさばきが明らかにされたからです。」とあります。
けれども、この15章の神の憤りが極まる時には、もう遅いのです。15章5節以降には天の神殿が開かれ、そこには四つの生き物のひとつ、そして七人の御使いたち、神の憤りの満ちた七つの金の鉢があり神殿は神の栄光と御力から立ち上る煙で満たされていて、七つの災害が終わるまでは誰も神殿に入れなかったとあります。

15章4節に「あなただけが聖なる方です。」とあります。主、全能なる神のみが聖なる方です。新約聖書の福音書に登場するザアカイは主イエス様によって救われた人生に入れられました。私たちにも主イエス様によるならば獣の縄目を解かれて救いに入れられることができます。

もし、あなたが御子の十字架を仰いで、
「御子イエスの血がすべての罪から私たちをきよめてくださいます。」(1ヨハネ7節)というみことばを信じて罪を神の御前に告白し罪を悔い改めて離れるなら、「もし、私たちが自分の罪を告白するなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、私たちをすべての不義からきよめてくださいます。」(1ヨハネ1章9節)

そして神の子とされて社会的にもきちんと罪の清算をし神を賛美し神にお従いする人生を始めましょう。その理由は聖とされる根拠が神にあるからです。まず教会にお越しください。共に主に祈りましょう。

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