「道となってくださった神」(へブル1章1節、2節) ( 2.24/2025 )
「この終わりの時には、御子にあって私たちに語られました。」(2節)
'But in these last days he has spoken to us through his Son.`(Hebrews 1:2)

人間が頭で造り出した神はどこまで突き詰めても神ではありません。本物の神は自らを現わしてくださる神です。そして聖書が主張する神は愛でありご自身を啓示されるお方です。今日の中心聖句の主張は決定的な形で御子によって現わしてくださったというのです。ですのでまずは御子について学ぶ前に神が造られた全宇宙という被造物を通して学び、その後御子によってまず御子のみことばによって御自身を現わされた神を、そして次回(4月以降)は御子ご自身の御生涯によって神を学ばせていただきたいと思います。

1,自然界を通しての神の啓示(ローマ1章20節〜23節)

「神の、目に見えない性質、すなわち神の永遠の力と神性は、世界が創造されたときから被造物を通して知られ、はっきりと認められるので、彼らには弁解の余地がありません。彼らは神を知っていながら、神を神としてあがめず、感謝もせず、かえってその思いはむなしくなり、その鈍い心は暗くなったのです。彼らは、自分たちは知者であると主張しながら愚かになり、朽ちる人間や、鳥、獣、這うものに似たかたちと替えてしまいました。」続く24節25節には「そこで神は、彼らをその心の欲望のままに汚れに引き渡されました。そのため、彼らは互いに自分たちのからだを辱めています。彼らは神の真理を偽りと取り替え、造り主の代わりに、造られた物を拝み、これに仕えました。造り主こそ、とこしえにほめたたえられる方です。アーメン。」
神というお方の性質は目に見えない霊的存在であると言っています。そして永遠の力を持つお方であり、被造物においてはっきりと認められるお方であると言っています。創世記15章5節には子がなくて寂しい思いをしていることを神に打ち明けたアブラハムに対して「そして主は、彼を外に連れ出して言われた。『さあ、天を見上げなさい。星を数えられるなら数えなさい。』さらに言われた。『あなたの子孫は、このようになる。』」と約束されアブラハムは神を信じ、義とされ、その子孫たちがエジプトで400年の間奴隷として苦しめられるけれども、アモリ人の咎が満ちるとき約束の地に向って出てくると約束されるのです。

2.歴史の中にご自身を啓示される神

イザヤ書53章5節6節「しかし、彼は私たちの背きのために刺され、私たちの咎のために砕かれたのだ。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、その打ち傷のゆえに、私たちは癒された。私たちはみな羊のようにさまよい、それぞれ自分勝手な道に向かって行った。しかし、主は私たちすべての者の咎を彼に負わせた。」
エレミヤ書1章10節「見なさい。わたしは今日、あなたを諸国の民と王国の上に任命する。引き抜き、引き倒し、滅ぼし、壊し、建て、また植えるために。」
そして紀元前538年ペルシャの王キュロスによってイスラエルは解放されます。それは、エレミヤ25章11節12節「この地はすべて廃墟となり荒れ果てて、これらの国々はバビロンの王に七十年仕える。七十年の終わりに、わたしはバビロンの王とその民をー主のことばーまたカルデア人の地を、彼らの咎のゆえに罰し、これを永遠に荒れ果てた地とする。」と語られた神のご意思に拠ります。
戦争は神の責任なのかという問題ですが、それは人間が神に向かって罪を犯し自分さえ良ければという自我の中に頑なに立てこもっているのが原因です。しかし、神は私たちをこの罪から救い出すために死の原因である罪に勝利をとられ、そして復活によってその勝利を証明してくださったのです。歴史の支配者は人ではなく神です。神の御前に頭を垂れる者が救われるのです。

3.人間の存在による神の啓示

まずは人間それぞれに与えられている肉体の構造の中に神の存在を啓示されています。また、先哲と言われる優れた人物たちによって神の存在の光が与えられています。釈迦は宇宙にはどんなものであってもすがることのできる大きな慈悲がある、この中に人は溶け込んで生きることができると説きました。また孔子は戦国時代に生きつつ人は人として生きる道があると言い「仁」という道を説きました。そしてソクラテスは哲学というのは己自身を知ることが真理であると言ったそうです。確かに己自身の問題のために(親には責任は無いな)と感じるのです。
確かに神の御霊は真剣に求める者たちに様々な優れた人々を通してご自身の光を見せて下さったのです。しかし、彼らにはおぼれようとしている人々に諭すことができ、正しい道を示すことはできても救い出すことはできませんでした。けれども主イエス様だけは、自らのいのちを捨てて悪魔に勝利をとられ、復活されたお方であり、私たちを救い出すことができるお方なのです。

4,主イエス様のみことばによる啓示

4−1天の父なる神

マタイ5章43節〜48節 45節「父はご自分の太陽を悪人にも善人にも昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださるからです。」
マタイ6章25節以降 26節「空の鳥を見なさい。」
人類の不幸の原因は天の父である神を知らないからであると主イエス様はおっしゃっています。天の父である神があなたを赦し愛してくださっています。

4−2心を知り給う神

マタイ23章23節〜30節

自称義人(自分は正しい、自分は間違っていない)を神様は最も嫌っておられます。

4−3罪人を救う父

ルカ15章11節〜32節
不満や悩み、思い煩いの原因は父なる神から離れてしまったことが原因なのだと主イエス様は教えてくださっているのです。
どんな存在でも汚れていても悔いて帰ってくる者を赦し受け入れてくださるのがすべての人間の父なる神なのです。

ヨハネ14章6節「イエスは彼に言われた。『わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれも父のみもとに行くことはできません。』」
賀川豊彦先生は、「道というのは人に踏まれることによってのみその目的を果たす」と言われたそうです。
あなたの足が今汚れていてもそのままで、主イエス様を通って、主イエス様のみことばによって父なる神に近づきましょう。

(参考図書;小林和夫著 栄光の富1 日本ホーリネス教団出版部 13頁〜51頁)

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