「新しい革袋としての生活」(マタイ9章17節) ( 3.2/2025 )
「新しいぶどう酒は新しい革袋に入れます。そうすれば両方とも保てます。」(17節)

' No people pour new wine into new wineskins. Then both are saved.(Matthew 9:17)

この9章のキーワードは、11節の「『なぜあなたがたの先生は、取税人たちや罪人たちと一緒に食事をするのですか』と言った。』」
です。すなわち、マタイは主イエス様の召しを受けて主イエス様にお従いした(9節、38節)にもかかわらず、パリサイ人たちの悔い改めや回心はなく、非難だけがここに記されているからです。

すなわち、断食できる人生に入れられること(ハッピーエンドの人生)が神による救いではなく、困難の中にあっても花婿であるイエス様を喜ぶことができる人生が救いだと彼は言っているのです。
だから彼は自分の家を解放して社会的に認められていない人々と共にいることを喜びとしました。

この9章には数多くの奇跡が記されていて、まさに古い革袋は破れて皆びっくり仰天しているのです。でも、本当に尊いのは新しい革袋になって、中風であっても、大切な娘の死があっても、目が見えなくて不自由しても、長血の病に苦しんでいても、悪霊に憑かれて口がきけなくても、弱り果てて倒れてしまっていても主イエス様ご自身を喜びとし花婿として喜ぶ生活なのです。
すなわち、新しい革袋(本当の奇跡、主イエス様の権威を受け入れること)とはローマ帝国からの解放ではなく、主イエス様による罪のゆるしと、主イエス様の羊へのあわれみを受け取ること、そして主イエス様を花婿として一緒に食事することでした。
「一緒に」を一番喜んでくださっているのは主(神様)です。

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