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「岩の耕し方」(アモス書6章12節) ( 3.9/2025 ) |
「馬が岩の上を走るだろうか。人がそこを牛で耕すだろうか。しかしあなたがたは、公正を毒に変え、正義の実を苦よもぎに変えた。」(12節) 'Horses don’t run on rocky ground. People don’t plow the sea with oxen. But you have turned fair treatment into poison. You have turned the fruit of right living into bitterness.`(Amos 6:12) アモス書も6章まで来ました。この6章までは裁きの理由について記されていますが7章からは裁きの幻です。この裁きの理由について最後に記されているのは、10節の「口をつぐめ、主の名を口にするな。」という言葉です。そして大きな家から小さな家まで打ち砕かれることになります。 神様が造られた世界に生かされていながら神様を無視し続けるという、このことを神は決して見過ごしにされません。芸能界でも不正が明るみに出ているようですが公正と正義(12節)は神様が守られます。この6章ではイスラエルの指導者たちが豪奢な生活をしながらヨセフの破滅のことで嘆き悲しむことがない(6節)ヨセフの破滅とは何を指すのかはっきりとわからないのですが、このことが捕囚となる原因であるとはっきりと記されています(創世記37章24節25節)。 そして贅沢を思いのままにしていた人たちが、1節から8節、14節に拠りますと、まず虐げられることになったのです。 さて、岩とは正義と公正です。それを13節のカルナイムを取ったという小さな勝利に酔いしれて岩である主なるお方の思いである正義と公正を無視している指導者たち、そして主の名を嫌う小さな家に住んでいる人々に至るまで裁きの対象となってしまっているというのがこのところの現状です。 馬や牛で神様の御心を砕くことができるのでしょうか。神様の正義と公正は人や人が頼りとしている馬や牛の力ではどうにもならないのです。どうすれば神様の正義と公正を受け入れ、主の名を呼び、主にお従い出来るのでしょうか。 それはこのアモス書のメッセージではアッシリアを神様が起こされ、そして捕囚となることによるのです(14節)。 あるクリスチャンの女性が有名な牧師に彼女の悩みを打ち明けたそうです。それは、どうしてもこれ以上主人を赦すことができないという悩みでした。その時、この有名な先生は、「主イエス様があなたを赦すために十字架に掛かってくださったことを信じていますか。」と聞かれ、彼女は「はい」と答えます。そして次に、「主イエス様はすべての人の罪の赦しのために十字架上で命をささげてくださったことを信じていますか」と聞かれ、彼女は「はい」と答えます。しかし、続いて主イエス様はあなたのご主人の罪を赦すために十字架に掛かってくださったことを信じますか」と聞かれた時、彼女は返事ができませんでした。けれども、彼女はこの日からご主人を赦すために主イエス様が十字架に掛かって死んでくださったことを信じて、罪を犯し続けながら生活するご主人を赦された人として見て、愛せない自分と向き合う戦いを始めました。そして、なんと半年後10数年ぶりにこの家庭は平和を取り戻したというのです。 主は私たちの問題のために既に十字架に掛かって死んでくださっています。けれども、私たちの人生にこのことが成就するためには罪人を愛して赦すために十字架に掛かってくださった神の御子イエス様を知り、信じ、信じるための戦いをする必要があるのです。神の正義と公正はここにあります。主に祈るなら主は毒と苦よもぎを愛に変えてくださいます(詩篇37篇5節)。岩は砕かれることはありません。ヨセフをイエス様と考えるならば私たちは移される側の人間です。御霊の助けを求め主の名を呼び祈りましょう。主の愛を信じて。ヨセフのように主イエス様は私たちを赦し受け入れてくださいます。 |
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