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| 「あなたが輝く時」(マタイ13章43節) ( 2.2/2026 ) |
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「そのとき、正しい人たちは彼らの父の御国で太陽のように輝きます。耳のある者は聞きなさい。」(43節) 'Then God’s people will shine like the sun in their Father’s kingdom. Whoever has ears should listen.`(Matthew 13:43) このマタイの13章は種まきのたとえ話で有名なところです。種とは神のみことばです(ルカ8章11節、1ペテロ1章23節)。種はいのちを持っていますので実を結ぶ力を持っています。ところが、固い心の人はみことばを受け入れませんから悪魔にみことばを奪われてしまいます。(冷淡かつむとんちゃくであって、真理を知りたいという飢え渇きもなく、恵みを受けても感謝する心乏しく、これを保つために心を用いない者は、今現に与えられている特権や提供されている機会までも、ついに奪われてしまう。) 「正しい人たちは父の御国で輝く」と言われても罪の奴隷の状態では正しさには手も足も出ません(ヨハネ8章34節、ローマ6章16節〜18節、使徒の働き19章15節)。たとえ話から私たちが読み取れますことは、 1.根を張ることのできない人の心の中には、その奥深くに罪の石が隠されている。 2.みことばが実を結ばない人は、世の思い煩いと富の誘惑がみことばを窒息死させている。 表面には見えないけれども確かに抱えてしまっている心の奥底の罪を取り除くこと、そして茨で表現されている世の思い煩いと富の誘惑を根から引き抜かねばなりません。これを稔の日(穂が出る)までになさねばなりません(29節30節)。 皆様はコルネリオ(使徒の働き10章)のように熱心に正しく生きることを求めておられる方々であると思います。30倍60倍100倍の実とはいったい何のことなのでしょうか。マタイ7章21節「わたしに向かって『主よ』『主よ』と言う者がみな天国に入るのではなく、天におられるわたしの父のみこころを行う者が入るのです。」がその答えです。すなわち実とは父のみこころです。 さて、富の誘惑を根こそぎ引き抜き処分して、心に隠し持っておられる罪も処分できたでしょうか。この13章の結論部分に、知恵としてこれを聞き取った人々がいたと記されています(54節)。けれども、主イエス様が願われているのは信仰です。そして主イエス様への信仰を告白するかたのために神の奇跡が起こるのです(58節、マタイ7章21節)。 信仰継承は知恵の継承ではなく、信仰の継承です。主に「私ではなくあなたが生きてください」と明け渡しましょう。彼以外に頼る者の無きことを知るまで祈り抜き、すべてをお任せできるお方を知ったならば平安が来るのです。イエス様に生きて頂く時に初めて実を結ぶことができます。 ピリピ3章8節にどんな生活に入れられるのかが記されています。「すべてを失いましたが、それらはちりあくた」だと。御使いたちによって太陽のように輝かされるのはかの日です(43節)。はるか遠くに望み見て死をも喜び迎えた人々に続けるように祈りましょう(へブル11章13節)。 (参考図書; 米田豊著「新約聖書講解」福音宣教会 24頁) |
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