『「はじめに」の神』(創世記1章1節〜5節) ( 5.3/2026 )
「はじめに神が天と地を創造された。」(1節)

'In the beginning God created the heavens and the earth.`(Genesis 1:1)

序. 新芽の美しい時期です。この世界を造られた神さまの愛を学びたい。

1.「始める」神

始める」というのはエネルギーが要ることです。「始めるのはすごく大変だったから、終わらせないでほしい」。今、与えられたものに囲まれていると、それを始めた人の苦労を知らず、当たり前と思い、ぞんざいに扱う。感謝の念がなくなっているから。私が幸せに生きるための平和も学びも食物もライフラインも、誰かの苦闘の上に成り立ち、それを享受している。それを当たり前と思わず感謝しているか。創世記は創造主である神が世界を始められた記録です。そこには1)目的があります。月の反対側を見る探査機があり、月の裏に行ったところ、そこは真っ暗だそうです。青い星は地球だけ。神さまは無意味に造られたのでしょうか。誰かが何億円もかけ、年月をかけ、「これには何の意味もありません」。そんなことがあるでしょうか。人間の命を始められた神は神の目的がある。「人の目的は、神の栄光をあらわし、神を喜ぶこと」。2)愛があります。人が誕生するためには準備が要る。神さまは地球を造られる前から期待を持って見守っておられた。私をも。

2. 終りも神のもの

人間が弱くなった時、何が残るか?お金も使い方がわからなくなる。家族もいなくなる。趣味も病気を治せない。やってきた仕事も忘れられる。

しかし、「私は神のもの」。これだけが私に残る唯一の名刺。始めた方は終りまで責任を持つお方。だから心配しない。

3.もう一度「造ってくださる」神

神は、私の「はじめ」。問題は私が神を「はじめ」としているかどうか。
第二コリント5章17節。神を知らない人だけでなく、「いつでも」新しく造られなければならない。私はすぐに自分のことだけを考える。世的になる。世のしがらみ、恐れに縛られ、不自由。「人並みに生きられれば」が聖書に代わって基準に。神は神の像が刻まれた私たちを探しておられる。ハイジのおじいさんにハイジが放蕩息子の話を語った。おじいさんは長年振りにお祈りをした。そして教会に行った。

生きたくても生きられない命がある。今、私に命が与えられているのは何のためか?神が何億以上にもまさる命を始められた「わたし」。
神のために、神を賛美し、日々いのちを神にお返ししていきたい。
(説教;田代美雪牧師)

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