「隣人の尊さ」(マルコ5章1〜20節) ( 9.19/2011 )
「そこで、彼は立ち去り、そして自分にイエスがしてくださったことを、ことごとくデカポリスの地方に言いひろめ出したので、人々はみな驚き怪しんだ。」  マルコによる福音書5章20節
 
今日は三春町町会議員選挙投票日ですが、町民の誰もが安心して何でも相談できる方が選ばれると良いですね。イエスは病も身分も職業も越えて人々に慕われた人物でした。最後の部分にひとりの男がイエスの証し人になったとありますけれども、この伝承がゲラサ人の地(ガリラヤ湖の南南東60km)で語り伝え広まっていたために舞台がゲラサ人の地になったと言われています。けれども奇跡の舞台はガリラヤ湖周辺だったようです。

現代は隣人との関わりが希薄で孤独な時代ではないでしょうか?「隣は何をする人ぞ」恐らくどのような仕事をしておられるのかも知らないということもあるのではないでしょうか。イエスとはどのような方であったのか、彼は墓場を住みかとしていた方の友でした。知らない隣人は怖いという気持ちも分かります。けれども彼はイエスに出会った時、居場所を見つけました。主イエスは万民の友です。

男は自分の価値をイエスに教えてもらって正気に戻ったのだと思います。彼の価値はその集落の多くの家畜よりも重いものでした。主イエスに焦点を合わせる時、自分と隣人の価値を再発見できるようです。そして彼は隣人を重んじることができるようになりました。「あなたは尊い」と隣人に伝えましょう。

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